東京地方裁判所 昭和26年(ワ)7583号 判決
原告 神元理左衛門
被告 鹿野島阿久理
一、主 文
被告は原告に対し東京都練馬区中村町三丁目六百四十六番地所在木造瓦葺平家建住宅一棟建坪十二坪を明渡せ。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として、
主文第一項記載の家屋は原告の所有であつて、原告は昭和十年八月訴外矢部丈作にこれを賃貸したが、矢部丈作は昭和二十年中、死亡したのでその後は同人の妻矢部うめに賃貸していたところ、うめも亦昭和二十四年四月中死亡した。被告はうめの存命中より原告の承諾を得ず、被告の父和平治(うめの弟)及びその夫粂治と共に右家屋の四畳半の一室に居住し、うめ死亡後は(その後粂治も死亡したので)、父和平治と共に右家屋全部を占有して之に居住している。しかしながら、被告は元来何等占有の正権限あるものではなく、即ち右家屋を不法に占有して原告の所有権に妨害を加えているものであるから、ここに所有権に基き右家屋の明渡を求める為本訴に及んだと述べた。
被告は原告の請求は棄却する。訴訟費用は原告の負担とする、との判決を求め答弁として、原告の主張する事実中、原告主張の家屋が原告の所有であること、その賃借人たる矢部うめが死亡する迄の経緯、被告が父和平治(うめの弟)及び夫粂治と共にうめの存命中より右家屋の四畳半の一室に居住し、うめの死亡後(その後夫粂治が死亡した為)父和平治と共に右家屋全部を占有して之に居住していることはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。被告は昭和二十年罹災して住居を失つたので、父及び夫と共に被告の叔母である矢部うめの承諾を得て右家屋に同居したもので違法に占有しているものでないから原告の主張には応ぜられないと述べた。
当裁判所は職権を以て原告及び被告の本人訊問をした。
三、理 由
原告主張の家屋が原告の所有であつて被告が現に右家屋に居住して之を占有していることは当事者間争がない。よつて右占有につき正権限ありや否やの点を按ずるに、右家屋はもと矢部丈作が、次いで同人死亡後は同人の妻うめが夫々原告より之を賃借していたものであつて、うめは昭和二十四年四月中死亡するに至つたこと、被告はうめの存命中、うめの弟にあたる被告の父和平治及び夫の粂治と共に、右家屋の四畳半一室に居住するに至つたものであることは当事者間に争なく、被告本人訊問の結果によれば、右居住は民法第六百十二条にいわゆる転貸に該当するものであることを認め得べく、しかも右転貸につき原告の承諾ありしことは、之を認めるに足る証拠なきも、右被告本人の供述によれば、被告は罹災して住居を失い、叔母にあたるうめの賃借家屋の一室に同居したものであることが認められるから、当時の住宅状況よりして、右転貸はたとえ賃貸人たる原告の承諾なかりしとするも、之を違法の転貸なりとすることはできない。しかしここに違法ならずというは、ひつきよう賃借人が賃借権を有する限り之に依拠する転借が違法性より放任せられるに過ぎないのであるから、うめが死亡しその賃借権の相続人なき場合に於ては、右転借は違法性放任の根拠を失うものといわなければならない。原告及び被告各本人訊問の結果によれば、うめは直系の卑属及び尊属の相続人なくして死亡したものであることを窺い得べく、この場合、うめの兄弟姉妹の相続の有無の問題を生ずべきも、元来権利は利益あるところに帰属すべきものであるから、住居の賃借権は之を相続する利益を有する相続人のみ之を相続するものと解すべく、民法所定の相続人がすべて一様に之を相続するものとなすべきでない。即ち住居の賃借権は被相続人と世帯を一にし継続共同して該家屋を支配的に利用し来つた相続人に限り之を相続するの利益を有し、従つて該賃借権を相続するに至るものと解するを相当とするところ、原告及び被告各本人訊問の結果によれば、右うめ死亡当時同居していた兄弟姉妹はうめの弟前島徳重及び被告の父和平治の二名のみであつて、しかも徳重は病臥中のうめの看護の為九州より一時上京滞在し、死亡後家財整理をして引揚げたものであり、被告の父和平治は被告及びその夫粂治と共に前記の如く右家屋の内の一室を利用してうめとは別世帯を営んでいたものにすぎないことが認められるから、徳重及び和平治の両名共にうめの賃借権を相続する利益ある者に該当せず従つて之を相続することなかりしものというの外なく、従つて被告の転借権はうめの死亡と共にその違法性放任の根拠を失い、以後被告は占有の正権限を失つたものとなさざるを得ない。
してみれば、被告は現に右家屋を不法占有し原告の所有権に妨害を加えているものと認めるの外はないから、被告は原告に対し右家屋を明渡すべき義務あるものであつて、原告の本訴請求は正当として之を認容すべきものである。
よつて民事訴訟法第八十九条を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 北村良一)